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何でもありの独り言

何でもありの独り言

子どものセンス

子育て



■服装のような「視覚」に属することのみならず、
例えば「味」の問題でも。

誰かを食事に招待した所、
そのお店が素晴らしい味だった場合と、
「まずい!」と絶句するような味だった場合では、
そのお店を選定した人の評価は全然違って来てしまいます。

コンサートに招待するというように、
「聴覚」にかかわる事項もあります。

ものの美醜の感覚は、先天的な面もあるでしょうが、
それまでの人生の中で様々な美しいものを見たり、
おいしい物を食べたり、
いい音楽を聴くことによって得られる部分の方が多いでしょう。

逆に言うと、そのような「美」に接する機会から遠ざけることによって、
長じて後の子供の可能性が摘まれてしまうわけですね。

ダメダメ家庭では、
そのような「美しいもの」や
「おいしい」ものと触れ合う機会がほとんどありません。

子供としてみれば、周囲のガラクタのようなものを見て
審美眼が養われていくことになります

そのガラクタの感性を取り入れるか
それとも反面教師にするか

反面教師なんて基本的に無理がありますよね
そもそもダメダメ家庭の親自体、
もはや審美眼が壊れている状態

たとえば会社に入って、
接待の席もあるでしょう。

あとで「大切なお客さんを何てところにお連れしたんだ!」
このような叱責を受けてしまう。よくある話です

世の中には様々なマニュアル本もあるわけです。

しかしマニュアルに従っているだけの人間と、
自分自身で「お店」を見つけて来れる人とは、
おのずから違って来ます

あまり知られていないのに、
うなってしまうようなセンスのよいセレクト。

これには自分自身の味覚や視覚や聴覚で
「美醜」を見分けられることが必要です。

自分自身の子供に適切な審美眼をつけさせることは法律で規定されているわけではありません。しかし、基本的な審美眼がないと、その後の人間の可能性は大きくダメージを受けることになるわけです。

たとえ料理人になるにしても、子供の頃より「美しい音楽」や「美しい美術」に親しんでいるような人の料理だったら、期待できます

あるいは、「上品」な音楽に親しむことで、
自分自身のしぐさも上品になったりするものです

ちゃんとした審美眼があれば、別の分野でも役に立つんですね。

今現在でも、小学生くらいの子供に
「真っ赤なトレーニングウェアを着せて、髪は金髪」
というスタイルをさせている親もいます

そのようなスタイルをさせられた
子供が将来どうなるのか
それは明らかでしょう。

少なくとも卓越した審美眼を持つことはないでしょう

あるいは成長した後で、
自分の写真を見たら赤面しちゃうでしょう。

赤面すらしなかったら、更なる問題ですが・・・


■情操教育なるものも、
心の豊かさというよりも、
上品なセンスの形成には確実に役に立ちますね。

ダメダメ家庭では
「投入した支出」に対する「成果」を求める傾向が強くあります。

子供の将来の審美眼という不確定な要素のために、
現在での出費などはケチったりするわけです。

■問題点を探すことにより、進むべき方向性があらわれてくる
未来から現在を眺め、問題点を探しだせる、それが大事で


世の中考えれば、
分かっているけど、
理解できていない事ってたくさんある

そこで!

どうすればいいのか?! と考えると、

結局、伝える側である、

自分自身に知識を付け、
相手に対して様々な角度から情報を提供し続け、
繰り返し、繰り返し理解するまで話をする。。。

こんな地道な作業しかないのかなぁ・・・と。

■圧倒的な情報を自分自身で収集し、
あらゆる角度から検証したものを
(伝えるべき相手に感情移入をしつつ・・・)、
絶えず相手の琴線に触れ、理解を深められる場所を模索し続ける。。。

そんな活動が必要なのかなぁ・・・と。
そんな風に思うの。。。

伝えたいことが、伝えるべきことが、
一度で伝わることなんかありえない





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